東京地方裁判所 昭和29年(ワ)10582号 判決 1956年11月13日
原告 内山要
被告 磯田金七 外一名
主文
被告等は、原告が被告磯田に対し金十二万五千円を支払うと引換に、原告に対し別紙<省略>第一目録記載の宅地及び第二目録記載の建物を明け渡せ。
被告磯田は、原告に対し昭和二十九年九月二十七日から昭和三十年十二月十一日まで一ケ月金七百五十四円の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
一、被告磯田は原告に対し、別紙第一目録記載の宅地をその地上の別紙第二目録記載の建物を収去して明渡し、且つ昭和二十九年九月二十七日以降右明渡済に至るまで一ケ月金七百五十四円の割合による金員を支払え。
二、被告広川は原告に対し、別紙第二目録記載の建物から退去して、別紙第一目録記載の宅地を明渡せ。
三、訴訟費用は被告等の負担とする。
第二、請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する旨の判決を求める。
第三、請求の原因
別紙第一目録記載の土地を含む東京都豊島区西巣鴨二丁目二千七百三十九番地の三宅地百二十五坪一合九勺は、原告が昭和二十九年三月六日訴外瑞穂交通株式会社から買い受け、同日その所有権移転登記を経由したものであつて、現にの所有者である。
しかるに被告磯田は昭和二十九年九月二十七日以来右土地上に別紙第二目録記載の建物を所有し、又被告広川は右建物を占有し、いずれも原告に対抗しうる権原なくして、本件土地を不法に占有している。よつて原告は本件土地の所有権に基いて被告磯田に対して本件建物を収去し、被告広川に対して右建物から退去し、それぞれ本件土地の明渡を求めると共に、被告磯田に対し右不法占有によつて原告の蒙つている損害の賠償として、その不法占有開始の日である昭和二十九年九月二十七日から本件土地明渡済に至るまで一ケ月金七百五十四円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。
第四、請求の原因に対する答弁
被告等の占有が不法であるとの点を除き、その他の事実はすべて認める。
第五、被告抗弁
(一) 本件土地は元訴外水柿七郎の所有に属し、同人は昭和二十八年一月八日訴外瑞穂交通株式会社に、同会社は更に同二十九年三月六日原告に、順次これを売渡し、右各売渡の日にそれぞれその所有権移転登記を経由した。水柿は、その所有当時である昭和二十六年一月に、訴外増田富之助に対し、本件土地を普通建物所有の目的で期間を二十年と定めて賃貸し、増田は本件土地上に本件建物を所有しこれを登記していた。
従つて、本件土地の所有権の移転に伴い、瑞穂交通株式会社及び原告は本件土地賃貸借契約の賃貸人たる地位を承継したが、被告磯田は豊島税務署長のなした増田に対する滞納処分において昭和二十九年九月二十七日本件建物を競落してその所有権を取得し、同年十月十六日その所有権取得登記をしたので、被告磯田は右競落に伴い、当然増田の本件土地の賃借権を承継したものである。
しかるに、原告は右賃借権の承継を承認しないから、被告磯田は本件建物を時価金十二万五千円で買い取るべきことを求める意思表示を昭和三十年十二月十二日の本件準備手続期日においてなしたから、右代金の支払あるまで本件建物を留置する権原があり、同被告の本件土地の占有は適法のものである。
(二) 又被告広川は昭和二十九年十月十六日被告磯田から本件建物を期間の定めなく賃料一ケ月六千円毎月末日払の約で賃借してその敷地を占有しているのであるから、被告磯田の占有が適法である以上その占有も原告に対抗し得るものである。
第六、抗弁に対する原告答弁及び再抗弁
(一) の事実中、被告磯田が競落に伴い増田の土地賃借権を承継したこと、及び同被告が本件建物の買取請求権を有すること、本件建物につき留置権を有することを否認し、その余は認める。
増田の本件土地賃借権は、被告磯田が本件建物を競落する前である昭和二十九年八月一日、原告と増田の間の合意解除によつて消滅しているから、同被告は本件建物の競落により増田の賃借権を承継するに由なかつたものである。
(二) の事実は知らない。
第七、再抗弁に対する被告答弁及び再々抗弁
原告と増田との間に賃貸借契約の合意解除があつたことは認めるが、右合意は次の理由により無効である。
即ち、右合意解除の為されたのは豊島税務署長が増田に対する滞納処分として本件建物を差押えた昭和二十七年四月十九日以後のこと(昭和二十九年八月一日)である。このように建物の差押後において該建物の敷地の賃借権を消滅させるような処分行為をなすことは差押物件である建物の利用価値を全滅させるものであるから、税金の徴収の為に差押が為される趣旨に反し、公益上著るしい支障を来すばかりでなく、本件建物の公売において敷地の借地権が存するものと信じて競落人となつた被告磯田にも不測の損害を与えるものであるから無効である。
従つて増田の本件土地の賃借権は消滅していない。
第八、再々抗弁に対する原告の答弁
昭和二十七年四月十九日、訴外税務署長が本件建物を差押えたことは認める。
しかし滞納処分としての建物公売においては借地権の有無は公売の条件になつていないし、その有無は競落する者において調査すべき事項である。又本件においては、公売見積価格以上の価格で公売しているのであるから国は何等損害を蒙つていないから被告等の主張は理由がない。
第九、証拠方法<省略>
理由
原告が本件土地の所有権者であること及び被告磯田が該地上に建物を所有することにより、被告広川はこれに居住することにより、右土地をそれぞれ占有することは当事者間に争ない。
よつて、被告等の本件土地の占有が適法であるか否かについて判断する。本件土地の所有権が訴外水柿七郎から昭和二十八年一月八日訴外瑞穂交通株式会社に、同会社から、同二十九年三月六日原告に順次売買により譲渡され、それぞれ右売買の日にその所有権移転登記がなされたこと、水柿はその所有当時である昭和二十六年一月に、訴外増田富之助に対し本件土地を普通建物所有の目的で期間を二十年と定めて賃貸し、増田は本件土地上に本件建物を所有しその所有権が登記されていたこと、従つて本件土地所有権の移転に伴い、本件土地賃貸借契約の賃貸人たる地位が、水柿から瑞穂交通株式会社、同会社から原告に承継されたこと、増田に対する滞納処分として昭和二十七年四月十九日本件建物が訴外豊島税務署長によつて差押えられ、その公売の結果同二十九年九月二十七日被告磯田がこれを金十二万五千円(公売見積価格金十二万円)で競落し、同年十月十六日その所有権取得登記がなされたことは当時者間に争がない。公売により建物の所有権を取得した者は、前所有者の有していた建物敷地の賃借権を承継するものと推定すべきであるが、土地所有者は右賃借権の承継につき承諾を与えると否との自由を有するのであるから、建物の競落人が土地賃借権を承継したとしても、同人は土地所有者の承諾をえないかぎり、これに対して賃借権の存することを主張しえないのである。然るに、本件において被告磯田は、土地賃借権を承継したことにつき原告の承諾をえた旨を主張していないのであるから、原告主張(事実第六)の合意解除の効力の有無にかかわらず、同被告は原告に対抗しうべき賃借権を有しないこと明らかである。次に同被告が、昭和三十年十二月十二日原告に対し本件建物を買取るべきことを請求したことは(事実第五(一))、原告の認めるところである。買取請求権が成立するためには、被告磯田が建物の所有権を取得した当時において有効なる土地賃借権が存在していたことを要するので、原告主張の土地賃貸借の合意解除の効果が果して生じているか否かが本件では買取請求権の成否を決することとなるわけである。
ところで原告主張の差押は本件建物のみについてなされたのであるから、差押による処分禁止の効力は、直接には、建物についてのみ生じたものであることは明らかであるけれども、建物は敷地に賃借権の存することによつてはじめてその効用を全うしうるのであるから、敷地賃借権を消滅せしめる行為は、建物の効用を著しく減少せしめるものとして、建物の処分と同視すべきであり、従つて差押により建物の処分を禁ぜられた以後においては、その敷地たる賃借権を合意解除して処分することも亦禁止せられるにいたるものと解するのが相当である。本件において増田と原告が、建物について差押のなされた後、競落前に土地賃貸借を合意解除したことは、当時者間に争のない事実であるけれども、右合意解除は、これを以て建物の競落人たる被告磯田に対抗することはできないものといわなければならない。そうとすれば、被告磯田のなした建物の買取請求は、正当であつて、これにより本件建物の所有権は原告に移転したものというべきである。そして、同被告は同建物に関して生じた時価相当の売買代金請求権を有するところ、本件建物の時価が、買取請求権行使の当時金十二万五千円であつたことは、原告の争わないところであるから、同被告は原告から金十二万五千円の支払をうけるまで本件建物を適法に留置する権利があり、そのかぎりにおいて同被告の敷地の占有もまた適法であるといわなければならない。そして原告は被告広川に対しても、直ちに明渡を求める権利を有しないものと認めるのが相当であるから、原告の被告等に対する建物収去土地明渡の請求は、主文第一項に掲げる範囲においてのみ正当として認容すべきである。なお、原告の被告機田に対する損害金の請求中、買取請求権の行使された日の前日である昭和三十年十二月十一日までの分は正当であるが、その後の分については、同被告は本件土地を適法に占有するものであること、前説示のとおりであるから、これを理由なきものとして棄却する外はない。よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 三淵嘉子)